とくしま建物再発見32「龍野家

光と木々、日々の生活に潤い

徳島新聞(2002年11月23日)より

 

 龍野(りょうの)16年前、南末広町の住宅街の一角に建てられた建築家のアトリエ兼住まいである。建築当初、大胆でユニークなデザインは際立った存在だったように記憶していたが、取材で久しぶりに訪れると、大きな木々に覆われ、意識しないと通り過ごしてしまうほど、すっかり街並みに溶け込んでいた。

敷地は東西16m、南北10m余りで、街中ではごく一般的な広さだが、できるだけ建物を西側に寄せ、東側を広く残しているから、とても165u(50坪)の敷地とは思えないほど広く感じる。車2台分と樹木のために開放したスペースは広々として日当たりが良い。そのためだろうか、降り注ぐ光の中でケヤキやヤマモモ、シイの木々がすくすくと成長し、今では小さな森をつくり出していた。

 構造は太い柱や梁(はり)を用いずに壁だけで支える壁式の鉄筋コンクリート造りで、打ちっ放し仕上げの3階建てである。上に上にと積み上げていく都市型住宅の手法で、一階にアトリエ、二階と三階を住まいにしている。内部は二層の住居部分を仕切りのないワンルーム空間にするなど、至る所にプランの巧みさが感じられるが、一番の魅力は東側の庭に向かって大きく開かれた開口に尽きる。

庭に面する各階の東面にはコンクリートの壁を一切設けず、すべて透明のガラスで開放している。この大胆な発想があふれんばかりの光と木々の緑を室内に取り込み、日々の生活に潤いを与えている。室内にいても、屋外にいるような錯覚に陥るほどの開放感に満ちあふれた空間をつくり出しているのだ。壁のない構造を可能にしたのは、庭に立つ一対の壁柱とそれに向かって内部から突き出した壁の梁であり、それらは木々への視界を遮ることなく絶妙に配置されており、外観の個性的なデザインにもなっている。

ビルや大きな建物の設計はともかく、建築家に住宅の設計を依頼することは極めて少ない。住宅は身近なものだから、建て主やその家族がグラフ用紙などに間取りを書いて建ててもらうことが多い。それはそれでよいのだが、子供部屋は何畳、この部屋は何畳欲しいという平面的な間取りや使い勝手などに終始してしまうきらいがあるように思う。同じような間取りでも、立体的な工夫を凝らすことで、想像もつかない豊かな空間を生み出すことをこの建物が実証している。建築は平面でなく立体であり、出来上がるものはあくまで三次元の空間である。同じ6畳でも天井の高さやその形によって、まったく趣の違う部屋に生まれ変わる。平面では納まらない間取りも、高さに変化を与えることで解決できることもある。住まいに便利さばかりを求めても良い家になるとは限らない。住宅の設計には理詰めで解決できない何かが潜んでいる。この家にはそのヒントのようなものがちりばめられていた。

龍野さんは上那賀町で生まれたが、ダム建設によって生家を失い、小学4年の時に徳島市内に引っ越してきた。幼いころ、日々目にしていたおおらかな樹海を、きっとこの建物で取り戻したかったに違いない。 (富田眞二)

 

●メモ「龍野家」

徳島市南末広町1丁目

設計:龍野文男・龍野建築設計事務所  施工:司工務店

構造規模:鉄筋コンクリート壁式構造3階建て

敷地面積 165.64u(50.11坪)  延べ面積 130.00u(39.33坪)

1階床面積 42.00u(12.71坪)  2階床面積 58.00u(17.55坪) 

3階床面積 30.00u(9.07坪)

 

▲2階の空中デッキから見上げた一対の壁柱と壁の梁。

この発想によって開放的な内部空間を生み出している。

▲2階食堂側から見た居間。庭に向かって全面ガラス張りの室内は光と緑にあふ

れ、内と外の見分けがつかないほど開放的。

▲南東から見た全景。成長した木々が建物を優しく包んでいる。

※写真はすべて末澤弘太(徳島新聞社写真部)

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