徳島県築人紀行 イタリア編・その7(最終回)

カルロ・スカルパ建築視察の旅日記

文・富田建築設計室 富田 眞二

 

昨年の11月号から始まった同行仲間7人によるカルロ・スカルパ建築視察の旅日記も、いよいよ最終回である。このシリーズを通読してこられた方には、建築家スカルパの凄さはもう十二分に伝わったことだと思う。

地面の中に沈んだおとぎの家オットレンギ邸に始まった熱い日々は、まるで光の宝石箱のようなカノーヴァ石膏像陳列館であっけなく幕を閉じた。病的なまでのこだわり建築を5日間に10件も見るというハードスケジュールだった。錯乱状態に陥るのは当然の成り行きで、頭の中はもうゴチャゴチャになった。できるだけ仕事に影響しないようにと、ゴールデンウィーク中のツアーということで参加したのだが、帰国後1ヶ月はスカルパの亡霊に取り憑かれていた。

 

保存再生の視点

あの日からもうすぐ一年が来ようとしている。現地では濃密なディティールに酔っていたが、いま振り返ると、21世紀を見すえた建築家だということがわかってきた。フォルムやディティールの美しさに目を奪われがちだが、建築という行為の本質をしっかりと見極めながら造り続けた人だという気がしてくる。

凄まじい勢いで自然を破壊し地域のアイデンティティーを奪いながら、新しいものを追い求め突き進んだ20世紀の建築界。その中で、彼だけは保存再生の世界に浸っていた。カノーヴァ石膏像陳列館(1955-57)、カステルヴェッキオ美術館(1956-64)、クェリーニスタンパリア財団(1961-63)、ヴェローナ人民銀行(1973-81)など、長い時間を費やし改修や増改築に情熱を注ぎこんでいる。中でも中世の建物を修復し再構築させたカステルヴェッキオ美術館は圧巻で、設計への取り組みに多くの示唆を与えてくれている。建物が生きてきたそれぞれの時代のエキスを抽出し、土着性や歴史性を生かし再構築する能力は圧倒的だ。

どんなに素晴らしい建物にも寿命があり、大きく分けると構造的なものと機能的なものになるだろうが、今の技術からすれば、両者ともそれほど難しいことではなく、ほとんどの建物が再生可能である。しかし、問題はその中身である。人々の思い出を断ち切ることなく、新しい息吹を注ぐ術は神業としかいいようがない。建築が美しいだけでなく何とも優しいのだ。今世紀のテーマである保存再生にいち早く取り組んできたスカルパはやはり並はずれたすごい人である。

 

原風景ヴェネチア

彼は1906年にヴェネチアで生まれ、50歳を過ぎた頃から建築を創り始めている。まさに大器晩成の人であり、修復と再構築に力を注いだこともあって、新築作品は数えられるほどしかない。

その中で、晩年のほとんどを費やしたというプロジェクト「ブリオン・ヴェガ廟」に彼の思いのすべてが詰め込まれていた。電気商で名を馳せたブリオン家の墓は小さな田舎町の公衆墓地に隣接する形で造られていた。L型の敷地には、プロパイロン(入口棟)、パヴィリオン(瞑想空間)、ブリオン夫妻の墓、親族の墓、チャペル(礼拝堂)と五つの建物がそれぞれまったく違うデザイン手法で造られていた。この場に立つと集大成として取り組んだであろうことが、吐息が聞こえるほどに容易に感じ取れるのである。夫妻の棺は地面より少し下がった円形の床面に寄り添うように置かれ、その上に虹のようなアーチのコンクリート屋根が架かっていた。それは生地ヴェネチアに架かる橋の下を行き交うゴンドラのようだった。実現しなかったが、この円形の床面には水が張られるよう考えられていたという。彼の作品の魅力の一つでもある水の演出の巧みさは、ヴェネチア生まれからきていると確信できる。

 

巨匠ル・コルビジェの「これは美しすぎて建築ではない」の言葉に偽りはなかった。呆気に取られた5日間、もうこの精神状態では飲むしかないと辻褄の合わない言い訳をしつつ、本当によく飲んだ・・・・ね。(完)

 

オットレンギ邸

▲オットレンギ邸の煉瓦敷きの屋根。道路レベルの

延長がこの屋根なので、通りからはまったく建物の

存在に気づかない。

カノーヴァ石膏像陳列館02

▲カノーヴァ石膏像陳列館のファサード。通りから

19世紀前半の建物のままで手をつけていない。

カノーヴァ石膏像陳列館02

▲カノーヴァ石膏像陳列館の内部は一変してスカルパ

の増築空間が広がり、光の七変化の中で彫刻が浮かび

上がっている。

カステルヴェッキオ美術館

▲カステルヴェッキオ美術館の外観はほとんど手を

つけていないので中世宮殿の雄姿が見て取れる。

ブリオン・ヴェガ廟01

▲スカルパが描いたブリオン夫妻の墓。二つの棺は

水の中に浮かぶはずだった。

ブリオン・ヴェガ廟02

▲ブリオン夫妻の墓平面図。右上の水路から

中央の円い水盤に注ぎ込む。

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